「毎日30分なにもしない」でアイデアを出そう

その他

こんにちは、サビガラです。

僕は毎日、DTMで曲を作ったり、プログラミングでアプリを作ったり、いまみたいにブログで記事を書いたりしています。

言ってみれば「クリエイティブ」なことをひたすら続けているわけですが、毎日やっているとどうしてもアイデアが枯渇していきます。

枯渇といっても、別にゼロになってアウトプット不可になるわけではないんですよね。作ろうと思えば作れる、でも、なにも考えずに量産したところで「ゴミの山」というが現実です。

じゃあ「良いアイデア」はどうすれば出せるのか?

僕がここ1年くらい実践しているのは、「毎日30分なにもしない」ことです。

実践方法

仰々しく「実践方法」なんて見出しをつけてしまいましたが、読んで字のごとくです。

毎日30分、なにもしない時間を作る。

スマホやPCは絶対に触らない。

歯みがきくらいはOK。

これだけです。

重要なのは、情報のインプットを完全に遮断することです。それさえできていれば、細かいことはどうでもいいです。ベッドに横になっていようが座禅を組んでいようが、なんでもいいです。

なぜ効果的か

「なにもしない」なんてことが、なぜ「良いアイデア」を出すことに繋がるんでしょうか?

「自分の時間」を作り出せる

情報のインプットを完全に遮断することが重要」と書きました。

改めて考えてみると、最近の多くの人は常にスマホやパソコンを見続けている=情報にさらされ続けていることに気づきます。

これは「自分の時間が無い」と言い換えることができます。

インターネット上のコンテンツは、脳ミソを一切使わずに消費することができます。ツイッターをダラダラ見ているときなんかはまさにそうです。Youtubeの関連動画めぐりもそうです。これは「自分の時間」ではありません

本を読む」とか「音楽をじっくり聞く」ときは、もちろん「ネットでダラダラ」よりも頭が活動します。しかし、情報のインプットがメインの活動になるため、アイデアを出すための余力はあまり残りません

「自分の時間」は「不安な時間」

なにもしない時間」とは、完全に「自分の時間」です。

ネットから切り離され、作業に没頭するわけでもなく、完全に「宙ぶらりん」になっているわけです。

多くの人にとって、この「宙ぶらりん」はかなりの苦痛だと思います。

「つまらない」「退屈」「ヒマ」なだけならまだしも、「不安」すら感じるはずです。それもそのはずで、この世には「不安」になる要素がたくさんあるからです。

「次の中間テスト」から「老後の生活資金・健康」にいたるまで、考え始めたらキリがないくらいの「不安」が存在します。

僕たちがネットや酒やセックスやギャンブルに依存するのは、この「不安」から目をそむけるためだというのは明らかです。じゃあそれで解決するか? アイデアを出せるか? というと、ムリですよね。

僕が提案しているのは「なにもしない」ことで「現実を直視しましょう」ということです。

不安はアイデアの母

この記事のテーマは「どうすれば良いアイデアを出せるか?」ということでした。「不安」と「アイデア」はどのように関係しているんでしょうか?

まず「アイデア=課題解決能力」です。金儲けのアイデアはまさにそうですし、曲のアイデアも「良い曲を作る」という課題を解決するために存在すると言えます。

そして「不安=課題」です。誰しも「不安」は嫌なので、解消すべき「課題」として扱われます。

つまり「アイデア=不安解消能力」です。「不安がなければアイデアは生まれない」「不安はアイデアの母」と言い換えることもできます。

なにかに依存している間は不安を感じませんが、その代わりアイデアも生まれません。だから、まずは空虚な安定から離陸して、実りある不安を飛行する必要があります。

本当に効果的なのか

僕自身はこの習慣を1年くらい続けています。

単なる1個人の経験でしかありませんが、効果はめちゃくちゃありました。

実践し始めてまず気づくのは、「自分ってこんなに不安で孤独だったのか」ということです。

たったの30分間ですが、ただじっとしていると色んなことを考えます。過去の失敗から将来の不安まで止めどなく考えてしまうこともあります。

でも、少し続けていくと「自分はカスだ。じゃあマシになるためにはどうすればいい?」という思考も生まれます。例えば、自分の音楽の才能の無さに絶望しますが、その「不安」をバネに「どうすれば良い曲が作れる?」と考えることができます。

だらだらとツイッターを見ていたら、不安はありませんが何も生まれません。「アイデアが生まれない=不安が解消できない」ということなので、不安は鬱積していく一方です。

不安の解消法として「仕事をしまくる」という人もいると思います。これも結構あぶないです。なぜなら手段が目的になっているから。仕事は「アイデア=不安解消法」の実践であるべきなのに、不安を直視できないレベルで熱中していたら本末転倒です。

もちろん、アイデアだけ出して実践しないのもダメです。これは当たり前なので改めていうまでもないですが・・・。

まとめ

大げさに聞こえるかもしれませんが、人生を変えるのは、こういった「空白の30分」だと思います。

もちろん、実際の作業も「1歩1歩」として大事です。でも、「どこに歩いていくのか」を決めるのは「空白の30分」です。ここで立ち止まらなければ「今までどおり」が続いていくだけです。なにも変わりません。

別に胡散臭い情報商材屋みたいに「会社辞めろ」と言ってるわけじゃないです。大げさな話でなくとも、そもそも僕たちの毎日は選択の連続です。

「このツイートをリツイートするかどうか?」も選択です。「空白の30分」があれば、「あのツイートは差別的だったな」ということに気づけたかもしれません。

不安を拒否しつづければ流れにしたがうだけです。自分で考えるためには「まず」不安な自分を直視するべきだと思います。

ただ、あまりにも鬱っぽくなってしまう場合は中断したほうが良いと思います。

それでも、少しずつ「思考」に慣れるためには、5分か10分程度の負荷はかけるべきです。

脳にも筋肉があるのかは知りませんが、僕的には「思考」も筋トレできると思います。脳がすぐに疲れてしまう人はトレーニングが足りないだけなので、少しずつ慣らしていくと良いと思います。